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福厳寺(乗国寺)址より板碑出土

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。


今月5日に旧乗国寺(福厳寺)址より板碑の上部と
五輪塔の一部が発見されました。
(福厳寺址は現在の栃木県小山市中河原字前河原419番地)
この地は今、砂利の採掘がなされていて作業中に掘り起こされました。

乗国寺は

1449年(宝徳 元)
結城合戦にて討死にした結城十二代持朝の
菩提を弔うために松庵宗榮を請して三國山福厳寺を開創。

1479年(文明十一)
絹川、田川の大洪水にて福厳寺の伽藍が流失したため、
結城十四代氏廣が結城本郷(上小塙)に 移転。
見龍山覚心院乘國寺と改称。江湖権輿道場。
日本僧録職。寺領四000石。
僧、数百人。

と乗国寺文書にあります。

最初開基
結城十二代持朝「福厳寺殿天英聖勇大禅定門」


中興開基
結城十四代氏廣「乘國寺殿日峯宗光大禅定門」
結城十六代政勝「後乘國寺殿大雲藤長有髪僧」 格別之御帰依
結城十七代晴朝「泰陽院殿宗静孝善大居士」  格別之御帰依
              (御尋件之御答書 乘國寺起立)


「御尋件之御答書」は1849年(嘉永二)3月、
松平大和守斉典より依頼された
「結城家代々の記録、乘國寺由緒と関係寺院」
について答えた文書です。
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