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結城家菩提寺の記念碑完成

今年四月に山門頭に筑西市谷田部正躬氏のご寄付により
「結城家菩提寺」の記念碑が完成しました。

乗国寺と結城家の関係は、結城合戦で命を落とした、
十二代持朝公の菩提を弔う事から始まり、
その後十四代氏広公・十六代政勝公・十七代晴朝公の格別の帰依を受けました。

特に政勝公からは歴代城主の御廟を預かり、
晴朝公からは高野山とともに歴代城主の過去帳を預かりました。

又、乗国寺は結城家菩提寺として、在地武士たちの帰依を受け、
結城氏を盟主と仰ぎながらも独自の行動をとる
山川氏・下妻の多賀谷氏・下館の水谷氏に受容され、
次々に山川家菩提寺長徳院・多賀谷家菩提寺多宝院・
水谷家菩提寺定林寺等の末寺を建て、
又それぞれ東光寺・正法寺・芳全寺等、武士の連合関係により発展しました。

今後結城家菩提寺の法灯を護持して行きたいと思います
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「大施食会」厳修

平成22年10月10日(日)
午前10時  松月院 
午後 1時  乗国寺

【施食会】
恒例の山門施食会に檀信徒施主家の供養による薦亡施食を合わせて「大施食会」として修行します。

施食棚を本堂の前廊下(八尺間という)に設け、中央に万霊牌を安じ、供物、幡飾りをして営みます。

三界万霊牌を上段に安置するのは、三界つまり欲・色・無色のあらゆる迷いの世界に満ち満ちている、生きとし生ける一切の精霊に、喜びを与え幸せを施す法供養の意味からきています。

元来は餓鬼に施食するという意味から始められました。

施食会は弘法大師空海が中国から伝えた密教施餓鬼がその始まりです。その後、禅宗寺院の行事としてこの施食会は広く行われるようになりました。

【いわれ】
お釈迦さまの弟子に阿難尊者という人がいました。ある夜のこと静かなところで独り坐禅をしていた時、焔口餓鬼がやってきて「あなたは三日後には死ぬだろう。また餓鬼道に堕ちて苦しむことだろう」といっておどしました。

若い阿難は恐れて「どうしたら免れることができよう」と訊ねたところ、その餓鬼は「それは多くの餓鬼や三宝に飲食を施し供養することだ。そうすれば寿命を延ばすことができる」と答えました。

そこで阿難は、お釈迦さまのところへ参り、その方法を訊ね教えを乞いました。その時、仏は陀羅尼を説き、飲食を供えて三宝に供養し法会を修行することによって、いろいろな苦しみからのがれることができ、さらにその供養のはたらきによって多くの人々が幸せになれることを教えられました。

 ― 救苦焔口餓鬼陀羅尼経 ―
陀羅尼→元来保つの意味。一字一句(真言)のうちに無量の義理を蔵し摂している。つまり総持している。
 
だから、この密語を誦むことによって、限りなき義理を保ち、いろいろな障害を除いて無量の功徳(はたらき ちから)を得ることができる阿難尊者の三宝供養の慈しみの心が、多くの人の苦しみを救う暖かい施行のならわ
しとなって今も受け継がれている。
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